さくら月夜



第六章 それぞれの想い


あの日からもう一週間が過ぎた…

その間に光一の舞台も無事千秋楽を迎え

、さくらには、再びたいくつな日常が戻ってきたかに思えた。

いや…

ただ、そう思い込みたかっただけなのかも知れない。

あの日、さくらの心の奥に芽生えた思いは、日を追うごとに大きくなっていたのだから。



決して誰にも悟られてはならぬ思い…さくらはそう思っていた。

だから翌日、美雪に舞台の感想を聞かれた時も、努めて普通に答えていた。

勘の鋭い美雪のことだから、少しでも慌てたり焦ったりしたら危険だと思ったが

さくらは、自分でも驚くほど冷静に、その日の光一について話せた。

「招待席だったじゃない?きっとそのせいね。光ちゃんの視線がビシビシと飛んできたのよ」

「何度も目が合っちゃってさ〜」

少しはしゃいで言ってみせると

「ぷっ…それは単なる勘違い!そんなわけないじゃん。お母さんも乙女だね〜。」

と、一笑に付されてしまったくらいだ。

落ち着いて冷静に、けれどもいつもの自分らしく…

さくらは、自分自身を完璧に演じることに神経を集中させていた。

娘を騙すとか、嘘をつくとかいった気持ちは無かったが、すべてを話す気にはなれなかった。

罪悪感がないと言えば嘘になるが、あの日の出来事はどうしても隠しておきたかったのだ。

嘘を言ってる訳じゃないわ…ただ余計なことは話さないだけ…

美雪がいくら敏感でも、所詮は子供…

さくらの微妙な心の変化には、とうてい気付くはずもなかった。





「な〜ツヨシ。」

「ん?」

「あんな〜」

「あん?」

「・・・」

「なんやねん!さっきから。」

ここ数年は光一の希望で、いつも二人の楽屋を別にしてもらっていたのだが、

その日はゲストが大人数だったため楽屋が足りず、久しぶりに一緒の部屋でスタンバイしていた。


「俺がギター弾いとる時に話しかけるなんや珍しな〜思うてギター置いたったのに…」

「何やねん?いったい!おまえらしゅうないやないか?!」

「う…ん。ごめん」

「はぁ?」

あの光一が素直に謝ってるし?珍しいこっちゃ…。なんや、えらい真剣みたいやな…

察した剛はくるりと椅子の向きを変えると、光一に向き合うように座りなおした。

「あ、ええねん。そのまま…向こう向いたまま聞いてくれへんか?ギターも弾いとってええよ。」

「…そっか?ほな…」

そう言うと、再び光一に背中を向けてギターを手に取り、小さく爪弾きはじめた。

剛は、正面の鏡に光一の横顔が映っているのに気付いたが、そのまま光一の言葉に耳を傾けた。

「あんな…『月夜ノ物語』あるやろ?」

「うん…お前の曲やな」

「あれ…どう思う?」

「どう思うて?えっ?なんや、今更曲の感想聞きたかったんか?」

「いや…そうやないねんけど」

光一が奥歯に物の挟まったような言い方をするときは、きまって悩みか相談があるときや

それも今回は『月夜ノ物語』ときたか。なんや?不倫でもしとんのか?

いや…ずっと舞台やっとったし、そんな時間はなかったはずやで?


「確か、不倫の恋がテーマやったよな?エロい詞付けよったな〜て思たよ。」

剛はそう言いながら、鏡に映る光一の表情をチラリと盗み見た。

わっからんわ〜…

光一の横顔は、いつもよりほんの少しだけ険しく、そして心なしか紅潮しているようにも見えた。

「お前・・・」剛が口にした時


コン♪コン♪


ドアがノックされて、スタッフが二人を呼びに来た。

「しゃぁないな…続きはまた後でってことで…」

どちらからともなくそう言うと、足早にスタジオへと向かった。





♪堂本〜〜っ♪

「はいっ!本日のゲストはモーニング娘。のみなさんでした〜。ありがとうございました。」



「お疲れ〜」

「お疲れでした」

二人はメンバーやスタッフに挨拶をして楽屋へと戻った。

そそくさと帰り支度をする光一に

「なぁ…さっきの話やけど…」

剛が切り出したが

「あっ!あれな…もうええねん!何や悪かったな。気にせんといてくれ。」

光一は何もなかったかのようにそう言うと、さっさと靴を履き、振り向きざまにこう言った。

「ほらっ!ぼ〜としとらんと!はよしぃ〜や。焼肉、置いて行くで?!」

「はぁ〜???」

『気にせんとってくれ』って…気になるっちゅうねん。

まっ、そのうち話しとうなったら言うやろ…それまではほっとこか…


光一の行動からは何かあるのだろうと容易に想像できたが、

剛は、光一が話す気になるまでは様子を見ることにした。

そして

「ちょっ…待ってや〜!!お〜い!」

急いで靴を履くと、光一を追って楽屋を飛び出していった。









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