さくら月夜



第五章 カクセイ


アツイ…アツイよ


光一に掴まれた手首が、熱を帯びて疼く…

そこには光一の指痕がクッキリと浮かんでいるように見えた。

あぁ・・・

自分の体に残された光一のシルシ

さくらは、体の奥深いところに小さな明かりが灯るのを敏感に感じ取っていた。

そう…もう何年もの間、どこかに置き忘れていた思い…

それは女としての甘美な欲望

そして再び闇の中へと落ちていった…






「・・くら・・・さくら」

だれ?私の名前を呼ぶのは?

どこか遠くで自分を呼ぶ声が聞えて目を開ける。

さくらは、真っ暗な闇と静寂の中に一人たたずんでいた。

「さくら」

まただ

私を呼ぶのはだれ?

闇の向こう側を見ようと、じっと目を凝らす。

小さな光が近づいてくるのが見えた。

そしてその中に懐かしい人の笑顔を見つけた。

「あ・なた?…あなたなのね?」

その人は、昔と変わらない優しい笑顔をたたえたまま、黙ってさくらを見つめていた。

「あなた…ずっと…ずっと会いたかった。一日だって忘れたことなんてないわ。」

「・・・」

「あなたなんでしょう?どうして?どうして何も答えてくれないの?」

「・・・」

「ねぇ、何か言ってよ!昔のように『愛してる』って言ってよ!」

「・・・」

小さく口の動くのが見えたが、さくらには聞えない。

その人は静かに首を振ると、そのまま、さくらから離れてどんどん小さくなっていった。

「待って!」

後姿を追おうとして駆け出したが、一面に広がる闇に足をとられて思うように先に進めない。

「行かないで・・・
お願い・・・だから・・・

私を一人にしないで・・・お願い・・・

いやぁ〜〜っ!!





「・・・さん・・・伊藤さん」

気が付くと、さくらは明るい部屋の見知らぬソファに横たわっていた。

「あ…気が付いたみたいやね?大丈夫?随分うなされてたけど・・・」

夢?私は夢を見てたの?

額に置かれた冷たいタオルに手をやると、同時にすぅっと光一の手が伸びてきた。

「気分はどう?」

「熱はないみたいやけど、疲れが溜まってるんじゃないかって・・・さっき医者が。」

朦朧とした意識の底で、さくらは自分に何が起こっているのかを必死に思い出していた。

そして

突然、弾かれたように立ち上がると、出口に向かって走り出した。

「ごめんなさい。帰ります!」

「えっ?」

光一が止める間もなかった。

どんっ!!

入口で誰かの肩とぶつかったが

さくらはそのまま、ほんの少し前に通ってきたばかりの廊下を走り抜けていた。

「あれっ?今の…伊藤さん?」

医者を見送ったマネージャーが戻ってきて、光一に聞いた。

「くっくっく・・・うわっはっ!うひゃひゃひゃ・・・」

小さく笑っていた光一が大声を上げて笑い出していた。

「なんや変な人やな〜彼女・・・くっく・・・」

「あぁ、そうだな。あまり関わらない方がお前のためだ。まっ、もう関係ないさ!」

マネージャーは吐き捨てるように言ったが、光一はまだ笑い続けていた。









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