さくら月夜



第四章 アツイシルシ


今日も、光一の舞台は盛大なフィナーレで幕を閉じた。

再び照明がともり、客席は明るくなったが、観客は拍手の手を止めなかった。

今日は、最後の一人になるまで拍手しよう…

そう決めていたさくらもまた精一杯の気持ちを込めて、拍手を送り続けていた。

「本日の公演はすべて終了いたしました。またのご来場を心よりお待ちしております。」

幾度となく流れる場内アナウンスに、客が少しずつ席を立ちはじめる。

それもまた、いつもの光景だった。

どのくらい時間が過ぎたのだろう…気が付くと周りの客はすっかりいなくなっていた。

ドアは全て閉ざされ、客席にはたった一人…さくらだけが座っていた。

「いけない。もう帰らなくちゃ」 慌てて席を立とうと上着を手にした時

突然、客席の照明が消えた。

そして、静かに緞帳が上がりはじめたのだった。

「えっ?」

振り返ったさくらの目には、真っ白い衣装を身にまとった光一の姿が飛び込んできた。

スポットライトに照らされた光一は、右手を胸に置き、ゆっくりとお辞儀をして言った。

「本日は堂本光一の舞台『SHOCK』に足をお運びいただき、ありがとうございました。」

「たった一人のお客様への…最初で最後の挨拶でございます。」

低くて優しいその声は、マイクを通すことなく直接さくらの耳元に届いた。






「お帰りの際は、お間違えのないよう…前方ドアよりご退出ください。」

あっ…

帰りのドアのことなど、すっかり忘れていたさくらが、光一の言葉で思い出したような顔を見せると

光一は子供のような笑顔で、今度は茶目っ気たっぷりに

「お帰りはあちらからどうぞ〜」

前方のドアを示して言った。

「あっ!
はいっ!!」 

思わず大きな声で返事をしてしまった。

光一は、こらえきれない様子で笑いだしたが、そのまま再び緞帳の向こうに消えてしまった。





光一に言われた通りに前方のドアから外に出ると

そこには見覚えのある男性が立っていた。

「こちらへどうぞ。」

「えっ?どこへ?」

驚いて聞き返したが、男は自分が光一のマネージャーだと名乗っただけで

さくらの質問には答えないまま、黙って帝劇の廊下を奥へ奥へと進んで行った。

これって?もしかして…もしかするの?

大きな期待とかすかな疑問を胸に、さくらもその後を追うように奥へと進んだ。

そして

『堂本光一さんへ   東山紀之』   

二人は、ウグイス色の暖簾が架かった部屋の前で立ち止まった。

「光一、いいか?」

「あれっ、意外と早かったな。ちょっ待ってや!」

ガサゴソと着替えをしているような音と、時々「ふ
んっ!」とか「よっこいしょ!」とか声が聞こえる。

大きな暖簾で中は隠れていたが、入口のドアは開け放たれていたので、

なんとなく中の様子がうかがえて、さくらも思わず笑ってしまった。

少しだけ緊張が解けた気がした。

そして…

もしかしたら…それは光一の優しさなのかもしれないと思えた。



「ええよ!」

突然、光一が暖簾から顔だけ出しておどけたように言った。

「きゃっ!」

「おっと…」

不意をつかれたさくらがよろけた瞬間、光一はさくらの右手を掴んで引き寄せていた。

「大丈夫?ビックリさせてしもたな。これじゃ、こないだと逆パターンになるとこやったわ。」

光一は笑いながら言ったが、さくらの耳には、もう何も届いていなかった。

「伊藤さん…
伊藤さん…」

遠くでかすかに自分を呼んでいるような声が聞こえていたが、そんなことはもうどうでもよかった。


ただ…



光一に掴まれた右の手首だけが…

まるで別の生き物のように、ドクドクと熱く脈打つのを感じていた。










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