さくら月夜



第二十七章 逢えない時間  






あの日…

光一がさくらを送って行ったあの夜…

「また逢える」

光一は確かにそう言った。









だけど現実はそんな簡単に逢えるはずもなく…

さくらには日常の生活が…

そして光一はハードなスケジュールに追われる毎日が続いていた。



そんな中

二人は逢えない時間の隙間を埋めるように、携帯で連絡をとりながら日々を過ごしていた。








♪♪♪

メールの着信を知らせる音が二人の楽屋に鳴り響く。

光一は急いでそれを手に取ると、嬉しそうな表情で目を通し、

チラリと時間を確認してからすばやく返信をする。

ときどき「くっく…」と小さく笑い声を漏らしたりして、それはそれは楽しそうだ。

そんな光一の姿を見るのは本当にしばらくぶりで、

剛はソファにもたれたまま、熱心に釣りの雑誌を読む振りをしていたが

実はさっきからずっと光一の様子を伺っていた。

さっきから…というより、数日前からずっとだ。

剛にはその理由がわかっていたからこそ、なかなか声を掛けられないでもいた。






あ〜ぁ…嬉しそうな顔しやがって

おまえが幸せなんは結構なことやけど…

あれからどうなったんかくらいは俺にも報告あってええんちゃうの?! 

目の前に愛のキューピットがおんねんで?!

もしもし光一さん?

俺に感謝の言葉はないんですかね〜?

お前、俺のお陰や言うて、嬉しそうに電話の向こうで笑ろとったやん。

まぁ、ええけどな

そんな顔面総崩れな顔見せられて、俺は軽くムカつくんですけど?






内心毒づきながらも、剛は光一の幸せそうな顔を見るのが嬉しくて仕方なかった。

ほんま、よかったな…光一







「最近、何かいいことでもあった?」

「えっ?」

お昼休みに休憩室の隅っこで携帯を操っていたさくらに河瀬が声を掛けた。

以前さくらに休暇を取るよう勧めた上司だ。

「お休みが明けてから、吹っ切れたみたいに元気になったし何だか生き生きして見えるわ」

「え? あ…その節はご心配とご迷惑をお掛けしました」

「なに言ってるの。元気になってくれてよかったと思ってるのよ」

「ありがとうございます」

「それにね、最近綺麗になったんじゃないの? みんな噂してるわよ〜」

「えぇ〜っ?」

♪♪♪



「あら?お邪魔しては悪いから行くわね」

さくらが真っ赤になって否定しようとしたとき、手にしていた携帯から軽やかな着信音が流れ

それを聞いた河瀬はクスクス笑いながら去って行った。







「やだぁ〜もうっ!」

河瀬の言葉にまだ焦っている自分がいることが可笑しかくて小さく口に出す。

まだ心臓がドキドキしていた。

そして着メロ終了と同時に慌ててメール画面を開く。



『いま時間あったら電話して   光一』

「えっ?」



初めてだった。

これまでメールでのやり取りはしてきたが、電話で話したことなど一度もなかった。

もちろん光一の殺人的な忙しさは十分過ぎるほど分かっているから

さくらの方から電話などできるはずもなかったのだが…。

少し慣れてきたとはいえ、最初はメールでさえも気兼ねしながら送信していたさくらだった。

それが

光一の方から電話が欲しいと?

まさかという思いだった。



光ちゃんの声…聞きたい

私…電話してもいいの?




時計を見ると、昼休み終了まで残り15分。

どうしよう?

悩んでいるうちに時間はどんどん過ぎていく。



ピッ♪ピッ♪

ようやく決心して震える指でボタンを押した。

耳に当てた携帯から聞える呼び出し音に、心臓の鼓動が高鳴る。

1回…2回…3回…あ、やっぱダメ!

ドキドキしながら呼び出し音を数えて、緊張がピークに達したさくらが思わず切ろうとしたとき

「もしもし…」

懐かしい声が耳に飛び込んできた。

さくらの心臓が大きな音を立てて鳴る。

返事をすることも忘れて、ただ呆然と携帯を眺めていた。

「もしもし…さくら?」

「あ…はい!」

再び呼びかけられて慌てて返事を返す。

携帯の向こう側から安堵の溜息が漏れるのが分かった。

「よかったわ〜。なかなか掛かってこんから、無理やったんかな?思うて…」

「・・・」

涙が溢れて言葉が出てこない。

「さくら?」

「…うん」

「ん?…もしかして泣いとんか?」

「…だって」

「アホやな〜」

一気に緊張の糸が切れたさくらはその場にしゃがみこんでしまった。

「声…聴きたかったんや」

「…私も」

「さくら…」

「…うん」

「『うん』じゃなくて…名前呼んでくれへん?」

「え?」

「ほらっ!」

「こ
う…ちゃん

さくらは周りに誰もいないことを確かめて、それでも消え入りそうな声で呼んだ。

「くくっ…まぁええわ。んじゃ、また連絡するから」

「…うん」







逢いたい…

本当はそう口にしたかった。

しかし今のスケジュールでは到底無理だとわかっている。

無理だと分かっているのにその言葉を口に出せば、さくらには余計に寂しい思いをさせてしまう。

そして自分自身も…その感情を抑えることができなくなってしまうかもしれない。

もう少しや…

もう少し待てば逢える…













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