さくら月夜



第二十四章 秘密  



雨…

さっきまであんなに激しく降っていたのに、今はただ静寂が二人を包み込んでいた。

さくらは、まだ眠りから完全に覚醒することなく、暖かいベッドの中でまどろんでいた。

「…う、ん」

重い瞼をゆっくりと開ける。

うつろな瞳に飛び込んできたのは殺風景な部屋…

窓の位置、カーテンの色、壁の模様、いつもと違うシーツの感触

そして一糸まとわぬわが身

あ…

つぶさに数時間前の出来事を思い出していた。

耳を澄ますと隣から規則正しい寝息が聴こえる。

そっと目をやると、そこには確かに光一の寝顔があった。

眉間に少しだけ皺を寄せて、それでいて穏やかな口元には笑みが浮かんでいるように見えた。

ランプからもれる橙色の灯りが、彼の頬に長い睫毛の影を映し出している。

うつぶせに眠ったままだがその整った顔立ちは崩れることなく、さくらの目にひときわ美しく映る。

「夢じゃ…ない?」

光一が目を覚まさないように小さな声で呟いた。



















「夢やないで…」

声に驚いてその顔を覗き込む。

眠っていると思っていた光一の腕が、あっとい間にさくらの腰に回されて強く引き寄せられる。

慌ててさくらが何か言おうとした途端、そのくちびるは光一によって塞がれた。

さっきまでの行為を思い出させるような光一の激しいキスに息ができない。

「ん…


苦しいと伝えるすべがなくて、思わず光一の背中を叩く。

ようやく開放されても恥ずかしさのあまりその胸に顔をうずめることしか出来なかった。

そんなさくらの髪を光一が優しく撫でる。





「さくらが好きや…」    



「私も、私も光ちゃんが…好き」



それは…さくらが今言える精一杯の言葉だった。











やっと二人の気持ちがひとつになったというのに、さくらはまだ戸惑っていた。

幸彦を失ったときの恐怖を思い出さずにはいられなかったのだ。

愛する人が目の前から消えてしまうことの悲しみ…

愛していた分だけ、幸せが大きかった分だけその悲しみは大きくなる。

いつか再び愛する人を失う日が来そうで、その日が来ることを想像するだけで怖い。

さくらが恋に自信を持てない大きな原因がそこにあった。

いつか光一を失う日がやって来るかもしれない…

それは幸彦の時とは…多分違う理由で訪れるこさえも容易に予想できる。



こんなにも好きなのに…

あなたがいるだけで、今の私はこんなにも幸せなのに…



光一を受け入れた瞬間に、さくらは自分自身の気持ちに素直になろうと決めていた。

なのにまだこんなにも揺れ動く自分がいることに気付いて愕然とする。

全てを曝け出して光一に愛されたい…

それがさくらを苦しめるもう一つの理由に他ならなかった。




ちゃんと話さなければ…












夜の闇が迫り寒さがその身を包み込もうとしていたが、光一の心は温かなもので満たされていた。

それはさくらを抱きしめているせいだけではない。



腕の中にいるこの人が、とてつもなく愛しい…



いつの間にか彼女の存在が自分の中で確実に大きくなっていたことに、今更のように気付く。

何度もこの手をすり抜けた彼女をようやく手に入れた。

その身も心もすべてを手に入れた…今、そんな自信に溢れていた。



もう…絶対離さへん。

他の誰よりも、今までの誰よりも…

さくら…君を愛してる



光一の心は既に動き出していた。











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