さくら月夜



第二十三章 雨音に抱かれて  




激しく降りしきる雨音を聞きながら、光一はさくらを抱いた。

伝えたいことは山ほどあるのに、その全てを言葉にすることなんて不可能だ。

言葉の代りに抱きしめることで、その思いをさくらに伝えたい。

知らず知らずのうちに芽生えて、時を追うごとに募っていったさくらへの思い…

自分の全てをさくらに感じて欲しくて…

さくらの全てを感じたくて…

光一はすべてをさらけ出してさくらを抱いた。

激しく降りしきる雨の中で

「愛してる」

そう何度も囁きながら…







光一の重みを全身で受け取って

もしかしたら、本当に愛されているのかもしれない…

そう思えたさくらの瞳にはまた涙が溢れ出していた。



この幸せが永遠に続けばいいのに…



「さくら…愛してる。」

光一が強く抱きしめて優しくくちづけた。

「…うん。」

「…?」

さくらの涙に気付いて光一が少し慌てる。

「また泣いてる…なんで泣くんや?」

「…ごめん。」

「さくらは、ほんま…泣き虫やなぁ。」

そう言うと、光一は更に強くさくらの身体を抱きしめた。







光一を受け入れた瞬間に、さくらは残っていたひとかけらの理性も捨ててしまった。

心が、身体が、光一の波に飲み込まれた。

さくらは光一のすべてを受け入れた。

夢でも幻でもない、これが現実だった。





もう…後戻りはできない

今、私はこの人をこんなにも愛している…

遠くなる意識の中で、さくらは光一の思いの全てを感じていた。

ずっとずっと…この腕の中に包まれていたい

愛する光一と一緒にいられたら、どんなに幸せだろう…







窓に打ち付ける雨音を聞きながら、さくらは光一の腕に抱かれたまま深い眠りの淵へと落ちて行った。







自分の腕の中で静かに寝息を立てているさくらの寝顔は、まるで泣きつかれた子供のようだった。

何度もこの手をすり抜けていったさくらが、今自分の腕の中で眠っている。

少し泣き腫らしたその目元を見て、その頬に触れて、これは夢でも幻でもないと確信する。


もう…離さへんよ。絶対に…


愛しいひとを手に入れた喜びと充足感で心が満たされていた。

今は不安なんて何一つなかった。


もう…絶対に泣かさへんから…


眠っているさくらの瞼にそっと口づけた。

さくらが一瞬だけ顔をしかめて、くるりと寝返りを打った。

「なんやねん…もぅ」

あっという間に背中を向けられて、光一は苦笑いするしかなかった。

そしてそんなさくらが、今は愛しくてたまらない。

頬が自然にゆるんでくるのがわかった。

シーツの下から覗いている白い肩にそっと口づける。

はぁ…

まだほんの少しだけ残ってた欲望を鎮めるように、その顔を枕に押し付けて甘い溜息を吐いた。

今の光一は、この幸せが永遠に続くものだと信じて疑うことさえもなかった。



さくら…愛してる



胸の中で小さくつぶやくと、光一もまたさくらを抱きしめたままで心地よい疲れとともに眠りについた。



窓の外はまだ激しい雨が降り続いていた。









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