さくら月夜



第十九章 胸の奥に…  



その日さくらは、箱根でもう一泊するはずだったホテルをキャンセルして、既に帰宅していた。

偶然にも、芦ノ湖で光一と再び出会ってしまったことが、さくらの行動を駆り立てたのかもしれない。

やっと忘れる決心がついたのに…

光一と視線が合った瞬間、凍りつきそうなほどの戸惑いを覚えて

一刻も早くその場から立ち去りたい…そう思った。





帰宅してからのさくらは、自分でも驚くほど…不思議なくらい冷静でいられた。

家につくと休む間もなく、雑誌やビデオの整理をはじめたのだ。

ずいぶんとたまったものだわ…

それらの一つ一つを見ているだけでも、ここ数年間のいろいろな思いが蘇ってくる。

最初は全てを処分するつもりだったが、数年分の思い出までも捨て去ってしまうようなことは

少しためらわれて…押入れの奥にひっそりとしまっておくことにしたのだった。

ふと、表紙の光一と目が合う。

さくらに向かって優しく微笑みかける笑顔が、胸の奥にずしりとのしかかった。

別の雑誌をその上に覆い被せるようにして紐で括る。

そんな作業を何度も繰り返しながら、次々と雑誌の山を築いていた。





そんなさくらの様子に驚いたのは美雪だった。

予定より早く帰ってきたかと思ったら、すぐに家中の片付けを始めたのだから。

「お母さん、どうするの?それ…」

「ん?どうするって…押入れにしまっちゃおうと思ってね。」

「そんなの、見れば分かるよ!私が聞いてるのは、何故か?ってことでしょ。」

「さぁ…何故かしらね〜?」

さくらは、ほんの少しだけ笑って答えた。

「お母さん?」

「…なんでもないのよ。お父さんが一番大切だってことが分かっただけ。」

「えっ? …私はてっきり…」
(お父さんのことを忘れるために箱根に行ったんだと思ってた)

「てっきり…なぁに?」

「ううん。何でもない。でも…それ捨てちゃわないでね。」

「もちろんよ。これもお母さんの大切な思い出だもの。」

「お父さんがいなくなってから、ずっとお母さんを支えてくれた大切な思い出。」

さくらが、愛しい人を見るように雑誌の山を眺めながらそう言った。

「うん。そう…だね。」

「さぁ、明日も続きをやらなくっちゃ!今日は遅いから、もう寝ましょう。」

「うん。」









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