さくら月夜



第十二章 魔法のくすり


光一は、はやる気持ちを抑えつつ部屋に戻ると、

冷蔵庫からコーラを取り出して一気に喉へと流し込んだ。

「あ〜ビックリしたな…」

ほんまに伊藤さんかな?なんか確かめる方法…。

「そや!!」

しばらくの間考えていた光一は、電話を手に取ると、おもむろにフロントの番号を回した。

「はい。フロントでございます。」

「あの、ちょっとお聞きしたいのですが…」

光一は努めて冷静な声で言った。

「今日こちらに、伊藤さくらさんという方がお泊りではないでしょうか?」

「伊藤さま…ですか?」

「はい。知人が今日こちらに泊まっているはずなのですが…」

「伊藤さまは、確かに本日当館にお泊りになっています。」

「あの…部屋は?」

「…」

支配人は、本来なら男性客に女性の部屋を教えることはお断りしている…

そう前置きしてから、特別に『東雲の間』であることを教えてくれた。

「あ・ありがとうございました。」

光一は興奮気味にお礼を言ってから、受話器を置いた。

やっぱ、そうやった…

「東雲の間の番号は…と。」

館内案内を広げて、急いで内線番号を確認すると、もう一度受話器をとった。

そして、その受話器を握り締めたまま、ハタと考え込んでしまった。

電話して…どうするつもりや、自分?何を話すねん?

光一は、普段の自分なら、とても考えられない行動をとってしまったことに戸惑っていた。

プープープー

慌てて受話器を置くと、そばにあったコーラをもう一度口に含んだ。

さくらに会えたことで興奮していた気持ちが少しだけ落ち着きを取り戻した。

そう…

その時はまだ、光一も自分自身の気持ちに気付いてさえいなかった。




「こーいち?おま…なにやっとんねん?」

隣で寝ているはずの相方がいないのに気付いた剛が、心配顔で起きてきた。

「あ、起こしてもうた?すまんかったな。ちょっと寝れんくて…」

「そっか〜。おまえ、昔っから宵っ張りやもんな〜。ちょっと付き合おか?」

そう言いながら、冷蔵庫から缶ビールを2本取り出すと、片方を光一に投げてよこした。

「剛、お前…寝んでええんか?」

「まぁな。たまには二人で酒を飲む…そんな大人なKinKi Kidsもええんちゃうの?」

「そやな…なんか、こんなん初めてやんな。」

先日の一件から、光一が何かに悩んでいるのに気付いていたはずの剛が

そのことには全く触れず、いつもの彼らしく自分を笑いに誘ってくれる気持ちが嬉しかった。

サンキュ…剛。いつか、話せる時が来たらええねんけど…



しばらくは他愛もない話しを楽しんでいた二人だったが、

ビール1本で酔っ払った剛は再び睡魔に襲われて、結局光一より先に寝てしまった。

光一は、剛と飲んでいる間もずっとさくらのことを考えていた。

「え〜い!ままよ!!」

そうつぶやくと受話器を手に、光一は思い切ってさくらの部屋の番号を押した。

ほんの少しのアルコールと剛の気遣いが、光一の気持ちに弾みをつけていたのかもしれない。





少し長めの入浴を楽しんださくらは、額に流れる汗を拭きながら部屋へと帰ってきた。

温泉で十分体が温まったから昼間の疲れも取れて、とても気分が良かった。

「そうだ♪」

冷蔵庫を開けると、しばらく考えてから小さなビールの缶を手に取った。

あまりお酒に強くないさくらは、普段ビールなど飲むことはほとんどなかったが、

今夜は少しだけ飲んでみたいような…そんな衝動に駆られていた。

一人旅の開放感からか、いつもの自分とは違う行動をとってみたい…

そう無意識に思ったのかもしれない。

プシュッ!

缶を開けた瞬間の音にも妙にドキドキした。

コクッ…

「あ〜冷たくって…あれ?ちょっと…美味しいかも?!」

火照った体にしみわたるようなビールの冷たさとほろ苦さに、意外な言葉が出た。

…ビールってこんなに美味しかったっけ?

手にした缶をまじまじと見つめてから、今度は残りを一気に飲み干した。

「あは…飲んじゃった…」

「な〜んか、フワフワしていい気持ち〜」

元々アルコールに弱いさくらは、たった1本の缶ビールで完全に酔っ払ってしまった。

そしてそのまま布団の上に倒れ込むと、次第に意識が遠のいていった。





プルプル…プルプル…

どのくらい時間が経っただろう?

電話が鳴っているのに気付いたさくらは、受話器を取るためにゆっくりと起き上がった。

「は…い。」

心地よい眠りを妨げられたさくらは、少し不機嫌に応えた。

「あ・あの…伊藤さん?」

どこかで聞いたことのあるような…若い男性の声だった。

「…そうだけど?…あなた、誰?」

「光一です。あの…堂本光一です。こんな遅くにすみません。」

「…ドーモトコーイチ???…あなたね、人をからかって楽しい?」

「大体ね〜、光ちゃんがこ〜んなことに…居る訳ないでしょう?バッカじゃないの?」

「いや、あの…ホントに本人なんですけど。あ〜?伊藤さん、もしかして酔ってます?」

「酔ってるわよ〜。ビール飲んじゃったもの〜。そんなこと、あなたに関係ないでしょ〜?」

「アハハ…参ったな〜。じゃあ、どうしたら信じてくれます?」

「そ〜んなに言い張るなら顔見せなさいよ〜。そしたら信じて、あ・げ・る。キャハハハ。」

さくらは可笑しくてたまらない様子で笑いながら、フラフラと立ち上がろうとした。

「きゃっ!」

さくらの小さな悲鳴と何かにぶつかるような音が、受話器を通して光一の耳に届いた。

プープープー

そして電話はそのまま切れてしまった。

「もしもし…ちょっ、どうなってんねん。もしも〜し!!」

光一は慌ててダイヤルし直したが、受話器が外れたままになっているようで、今度は通じない。




次の瞬間、光一は裸足のままで部屋を飛び出していた。










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