さくら月夜



第十章 思い出のパズル


さくらは、麻布から新宿まで行き、そこからロマンスカーに乗った。

シートに深く腰を下ろすと、懐かしさでいっぱいになり、思わず深呼吸した。

そして、その記憶に残る思い出のコースを、一人で辿る決心をしていた。

幸せに満ち溢れていたあの頃

二人で歩いた温泉街も、旅館までの長い坂道も…

「子供が大きくなったら、いつか二人でまた来よう!」

そう約束した橋の上も…

さくら一人で訪れることになるとは、夢にも思わなかった。

それもこんなに早く…

走馬灯のように駆け巡る思い出の数々、その中に幸彦の言葉やしぐさを思い出していた。

きっと、あの頃とは違う風景に見えるんだろうな。季節も違うし。そういえば…

まだ19歳になったばかりのさくらは、ロマンスカーで箱根へ新婚旅行…というのが、

なんとなく気恥ずかしくて、あまり気の進まない出発だったことを思い出した。

ふふっ…あの頃は私も幼かったな〜

二人で食べたオレンジシャーベット…さくらは、あの時と同じものを握り締めていた。

冷たい雫が膝に落ちて、胸がキュンとなった。





窓から見える景色が、徐々に箱根らしく変わっていった頃、箱根湯本に到着した。

さてと、最初はドコに行ったんだっけ?

そうだ、梅ノ木のあるお蕎麦屋さんに行って、少し遅いお昼を食べたんだ!


駅を降りると、14年前とは様子が変わっていて少し戸惑ったが、

記憶の糸をたどる作業は、パズルを解くようで何だか楽しくもあった。

駅の観光案内所で場所を確認してから、地下道を抜け、懐かしい路地を歩いた。

15分ほど歩いて「しぐれ茶屋」を見つけ中に入ると、店内はあわただしい雰囲気にあふれていた。

「あの…」

さくらが声を掛けると、若い店員がやってきて申し訳なさそうに言った。

「すみません。1時間後から貸切になるのですが、それまででいいですか?」

お蕎麦を食べて梅ノ木が見れれば、それで構わないと答えると、店員が席に案内してくれた。

美味しい・・・14年前と同じ味・・・

庭に出てみると、14年前にはなかった「足湯」の施設があった。

へぇ・・・足湯か。ブームだもんね。

足湯を横目に見ながら、さくらは梅ノ木に向かった。

梅ノ木にまだ花は無かったが、小さなぼんぼりのような蕾がいっぱいだった。

梅に寄り添うように立って、その木を見上げると、さくらの頬を冷たい風が吹き抜けた。





一度来た道を駅まで戻り、今度は登山鉄道に乗って大平台に向かう。

あの時は、駅周辺にはあじさいが咲き乱れていたが、

今は何も無くて、ただ、道の吹き溜まりに解けかけた雪が残っているだけだった。

さてと、子育て地蔵に行ってみましょうか。

お腹に美雪がいたから、二人で「よい子に育ちますように」と祈願に行ったお地蔵様。

お陰様で、あの時の子供…美雪はとっても素直でいい子に育ちました。ありがとうございます。

静かに手を合わせて、心の中でそう言うと

長い間言い忘れていたお礼をやっと言えたような、そんな気持ちになれた。





再び登山鉄道で彫刻の森に向かい、時間をかけてゆっくりと散策した。

その後、ケーブルカーとロープウェイを乗り継ぎ、宿泊先のある大涌谷駅で下車した。

そして、日の暮れかかった山道を、一人で歩き始めた。

さくらは、少し上気した頬を撫でていく冷たい風を心地良く感じていた。








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