さくら月夜



第三十三章 危険な予感  






さくらの不安をよそに、光一はそれからも時々朝早くやってくるようになっていた。

光一の自由になる時間は、一日の仕事が終わってから翌日の午前中とおおよそ決まっている。

夜中までの仕事をこなして、帰宅するのが明け方になる時以外…

そう…夜中の休息を手に入れることが出来た翌朝は必ず…

今は新曲のキャンペーンやCM撮影やら、その時間を作るのも難しいようだったが、

それでもまるで時間を惜しむかのようにさくらのもとを訪れるようになっていた。





時間の許される限り、さくらと逢っていたい

そう思ってはいても、すぐに行動に移すことができなかった自分を今更ながら悔やんだ。

「もっと早くこうすればよかったんや…」

光一は朝の高速を飛ばしながら呟いた。










「あらっ?伊藤さんち…車替えたのかしら?」

その日

さくらの家の向かいに住む啓子が、珍しく早起きして新聞を取りに玄関に出ていた。

そして、さくらの家のガレージに赤い車が停まっているのに気付いたのだ。

シャッターは既に下り始めていたので、啓子がその赤い色を見たのはほんの一瞬に過ぎなかったが

「へんね〜?お客様かしら?」

啓子は小首をかしげながら家の中へと戻って行った。





真っ赤なフェラーリ…

光一の車はあまりに目立ち過ぎる。

こんな田舎では道端に停まっているだけで十分人目を引いてしまうのだ。

美雪に見つかった時も、それが光一の車だとは気が付かれなかったものの

いつ本当のことが知れてしまうか、近所でどんな噂が流れるか、さくらには容易に想像できた。

「うちのガレージを使わない?外からは見えなくなるし…ね?その方が安心でしょ?」

光一が二度目にさくらの元を訪れたとき、さくらはそう告げ光一も同意した。

さくらの家のガレージは、縦に二台駐車できるような造りになっており、

幸彦が亡くなってからは、さくらの白い車を奥に駐車し、入口側は専ら来客用に使用されていた。

入口はリモートコントロールのシャッターになっていたので、

光一が到着するのを見計らってさくらが入口を開け、車が滑り込むと間髪入れずにそれを閉めた。

それをたまたま啓子に目撃されてしまったのだった。







「伊藤さん、こんにちは。暑いのにご精が出るわね。」

数日後

庭先の手入れをしていたさくらに、買い物から帰宅した様子の啓子が話しかけてきた。

「こんにちは。そうなのよ、放っておくと雑草がどんどん伸びて…困っちゃうわ。」

「これから夏になると益々だわ。いや〜ね。」

しばらく互いに他愛もない話をしていたが、突然啓子が言った。

「そういえば…伊藤さんち、ずいぶん若いお客様がいらっしゃるのね?」

「えっ?!」

「いえ…ね。この間、珍しく早起きした日に真っ赤な車がお宅のガレージに停まってるのを見たのよ。」

「チラッと見えただけだったんだけど、若い人が乗るような感じの車に見えたから…」

見られた?

、あの…い、いとこ! そう…従兄弟なの」

「あらそぉ?随分早い時間みたいだったけど?朝早くからあなたも大変ね〜。」

「え、えぇ…ちょっと急用があって…」

冷静を装って取り繕いながらも、さくらは背中に冷たい汗が流れていくのを感じていた。

♪♪♪♪♪

「あら、電話みたい。うちかしらね?それじゃ…」

タイミングよく啓子の家から電話の鳴る音が聞えて、彼女は慌てて家の中へと入って行ったが

さくらの頭の中には同じ言葉がグルグルとこだまし続けていた。

見られた…見られた…どうしよう〜?!

どうしよう〜!?












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