「遅い! …遅すぎるやろ。」
光一はさっきから、部屋中をうろうろと歩き回っていた。
電話を切ってから、かれこれ1時間が過ぎようとしている。
未来の家からココまで、タクシーで来れば15分もかからない距離だ。
夜も遅いから必ずタクシーで来るようにと…しつこいくらいに念も押した。
「何やっとんのや〜? 未来のやつ…」
しびれを切らした光一は、携帯を手にとり彼女の名前を表示させると、通話ボタンを押した。
PuPuPuPu…
接続のための電子音が鳴ったかと思うと、すぐにアナウンスに切り替わる。
『…電源を切っているか、電波の届かないところに』
「くそっ、なんでや!」
途中まで聞いたところで、憎憎しげに電源を切った。
その頃には妙な胸騒ぎが光一を支配し始めていた。
未来…今どこや?! どこにおる?!
冷たい汗が背中をツッと伝っていくのが分かる。
「はよ来てやぁ〜」
つぶやきながら、もう一度携帯のボタンを押したが、光一の願いも虚しくさっきと同じアナウンスが繰り返されるだけだった。
居ても立ってもいられなくなった光一は、携帯をポケットにねじり込むと部屋を飛び出して行った。
未来がいつも通ってくる道は分かっている。
自分が車で出ると、どこかですれ違った時に気付かないかもしれない…
そう考えて、光一は未来が来るはずの方向に向かって歩き出した。
通り過ぎるタクシーをチェックしつつ、時々走りながら、時々歩きながら…気持ちだけがどんどん先走っていた。
そして、5分ほど行った時、すぐ先に人だかりが出来ているのに気付いた。
ん? …何かあったんか?
そう思ったとき、通りの向こうからけたたましいサイレンを鳴らして救急車がやってくるのが見えた。
光一の足がとまった。
恐ろしく嫌な予感が頭の中をよぎり、汗が一気に噴き出してきた。
心臓がバクバクと激しく音を立てて鳴り始めた。
「来たぞ!」
誰かが叫ぶと、垣根を作っていた人達が一斉に立ち上がって、救急車の方に目を向けた。
その瞬間、光一の視界に飛び込んできたのは、横倒しになってキュルキュルとタイヤを空回りさせているバイクと
その下敷きになって倒れたままピクリとも動かない人だった。
ヘルメットは地面に転がり、白いコートが血で染まっている。
コンビニで買ったらしき商品がそこらじゅうに飛び散っていた。
う、うそや…
心臓が止まりそうだった。
そのヘルメットも、倒れたバイクも、そしてその白いコートさえも…すべて光一には見覚えのあるものだったのだ。
「み…未来っ?!」
光一は未来に向かって猛然と駆け出していた。
「未来っ!未来っ! しっかりしろやっ!!」
我を忘れて叫びながら、未来の身体を抱き起こそうとした。
「触らないでください。ここは私たちに任せて、下がってください。」
「未来っ!未来〜っ! 返事しろや〜っ!! 未来っ!」
救急隊員の言葉も聞こえないくらい、狂ったように大声で未来の名前を呼び続けた。
「どいてっ!どきなさいっ!!」
背中から抱え上げられるように押しのけられて、光一はようやくヨロヨロと立ち上がった。
「未来…」
ガードレールにその身体を預けたまま、光一は呆然と自分の手のひらを見つめていた。
未来の身体から流れ出した赤いものが、指の間からポタポタと地面に落ちていった。
それが、ほの暗い外灯と救急車の赤色燈に照らし出されて、黒い小さな水溜りのように見えていた。
俺のせいや、俺の…。 っく…
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